自己言及器官

プログラマーワナビー

虐殺器官/伊藤計劃

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

ドミノ・ピザが不変性を獲得している世界から、ぐるぐる変わる世界を語ることはとても難しい。 (Kindle版 ページNo.454より)

なんど読んでも何かしら新しい発見があるように感じる、タイトルだけ見るとグロかつ硬い小説のように見えるが 内容としてはメタルギアソリッド古今東西のいろいろな作品(主にモンティ・パイソンや古典文学、KONAMIのゲーム)のパロディやオリジナル要素を足した感じで、 カフカハルヒを同列に語ってしまうのが伊藤計劃の作品の魅力でもある。

しかしこの作品の提起するテーマはそれに留まらない、世界各地でテロが頻発するのは何故か? 人々を監視する高度セキュリティ社会はテロを防ぐのか? 世界各地で虐殺を引き起こすジョン・ポールを追った末、主人公はプロローグで何を決断するのか? 危機に陥った人類はどんな結末を迎えるのか?(これは続編のハーモニーの内容になる) といったことから感じ取ってほしい。

SFというのは社会とテクノロジーのダイナミクスを扱う唯一の小説ジャンル伊藤計劃は言った、是非その醍醐味をこの作品で楽しんでみてほしい。(ただグロ耐性がない場合オススメしない)
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敵は海賊・海賊版―DEHUMANIZE/神林長平

シリーズの長編第一作にもかかわらず、主要登場人物それぞれにドッペンゲンガーが存在し、
読者がキャラを把握していることを前提にしたような立ち回りがあって驚いたがそれでもすごく面白い。

物語の構造それ自体に対するメタ要素もあり、ちゃんとSFしている中にファンタジーまで混じっているのが素晴らしい。
シリーズの中でも一番の意欲作なのは間違いないと思う。ラスト付近で匋冥の哲学を如実に表わした行動をストーリーで取らせたことにより、
彼のキャラ付けを完璧にしたというのと、平行世界物でそんなことをしていいのかという驚きもあった。

「もしかすると連れてこられたのではなく、おれたちはあらたにこの世界で作られた幻なのかもしれん。完全なコピーさ。魔女だ。やつらこそがこの宇宙を支配する力だ」
「全知全能の神だというのか」
「全能ではないだろう。おれが許さん」
(Kindle版 ページNo.1489より)

あととにかくこのシリーズは黒猫型異星人であるアポロの立ち回りがかわいく、かつ恐ろしい。
特に異星人としての思考をむき出しにして行動した時の自体の引っ掻き回し方が面白く、
(一部を除いて)登場人物のほとんどがアプロを危険視しているのも当然で、まさに恐るべき異星人である。

これにA級の人工知性体で対コンピュータフリゲート艦である、ラジェンドラなども加えたキャラクター同士のかけ合いも楽しい。
レーベル自体はラノベでは無いが、ラノベ並に軽く読めるが奥深く楽しい作品を読みたいならオススメする。

<やめて下さい>ラジェンドラ。<わたしを壊すつもりですか。まったく、もう、これがわたしの上司かと思うと、 電源をショートさせて死んでしまいたい。>──ラテル、アプロ、シートは爪で裂けばいいんですよ。アホ>
(Kindle版 ページNo.867より)

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ロケットガールシリーズ/野尻抱介

女子高生、リフトオフ!―ロケットガール〈1〉 (富士見ファンタジア文庫)

女子高生、リフトオフ!―ロケットガール〈1〉 (富士見ファンタジア文庫)

2014年に読んだ中で最も面白かったラノベだと断言できる(そもそもラノベあんまり読まないが)
1巻の富士見ファンタジアの最初の版が出たのは1995年でそうとう古いようだが、 アニメ化以後はいったん絶版になっていたようだ、 正直こんな面白い話が絶版になっていたとは信じられない!(2013年11月からハヤカワ文庫JAで再版された)

太陽の簒奪者が一度読み始めたら最後まで止まらず夜中に読み続けるほどの面白さだったので、 野尻抱介の他の作品も相当面白いんだなと思って期待していたがラノベでこんなに骨太かつライトな話が楽しめるとは驚きだ。

女子高生が宇宙飛行士になるという一旦荒唐無稽な話だが、 中身はハードSFかつライトノベルだ。この両方を無理なく書ききった力量はすごい。

わざとらしい展開をしているわけではないのに宇宙が舞台だからか描写がハードだからか展開にハラハラさせられ、最後には感動してしまう。 特に3巻のラストは先にガチハードSFの太陽の簒奪者を読んでいたからか、本当に主人公は生還しないのではないかと心配してしまった。 (太陽の簒奪者では普通に惑星探査の過程で死人が出ていた。常識的に考えればロケットガールは4巻が出ているので主人公が死ぬのはありえないのだが、 作中のエンジニアが生還は絶望的だと物理学的な根拠を持って示していたのでどんどん絶望感が漂ってくる)

また主人公のゆかりのリーダーシップも素晴らしい、飛行機事故では"リーダーはあたしだ"と啖呵をきってメンバーを引っ張っていくし、 そりが合わなかったフランス側のリーダー ソランジュとも、度重なる衝突や彼女がアクシデントで脚に怪我を負ったことをきっかけにしてともに月の探査へと向かう仲間意識を高めていく過程が非常に良い。 (3巻のサブタイトルは"私と月につきあって"である)

とにかく最初に書かれたのは古いがみんなに読んでほしい作品だと思う、軽く読める作品が好きな人にも勧められるし
物理の素養がある人は作中のライトノベルにそぐわぬ詳細な描写に仰天するだろう。
あんまりおもしろいのでKindle版だけに物足りず、中古で2006年ごろの富士見ファンタジア版を入手してしまった。(ハヤカワ版は表紙しかイラストが無いのが残念である、旧版のイラストは内容とよく合っていると思うのだが)

だけど宇宙飛行というやつは、気軽に中止しちゃだめなんだ。一度の宇宙飛行に何百、何千という人が関わっている。自分の知らないところに、その飛行に生涯を賭けてきた人が必ずいる。 それは帰還のあと、廊下やパーティ会場や整備工場の片隅で、はにかみながら、そっと握手を求めてくるような人たちだ。その笑顔と涙は忘れられない。
前進か退却か。宇宙飛行のシステムは、決断の重圧を飛行士にかけないよう工夫をこらしている。そうした思いやりが、かえって飛行士を苦しめる。
(私と月につきあって ロケットガール3巻 ハヤカワ文庫/JA Kindle版 ページNo.1139より)

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スローターハウス5(Slaughterhouse-Five, or The Children's Crusade: A Duty-Dance With Death)/カート・ヴォネガット

確かKindleの月替わりセールか何かで買ったまま端末の奥底に積まれていたのだが、 小林泰三の酔歩する男を読んでタイムトラベルの関するアイデアが似てるなーと思ったので一念発起して読んでみた。

ドレスデン爆撃の体験者である、カート・ヴォガネットの自伝的性質を持つ作品でひどいことが作中で語られても しばしば主人公が"そういうものだ。"とニヒルに言い放つ文体が特徴的だ。

最初は退屈だが主人公が時間の中に解き放たれトラルファマドール星人に誘拐されるあたりからだんだんおもしろくなってくる。
トラルファマドール星人は言う 地球人は偉大な説明家であり、"ただある"ことに説明を求めるのは地球人だけだと。
作中では主人公のビリーが何故けいれん的時間旅行者になったのかとか、何故トラルファマドール星人に誘拐されたのかとか 何故ドレスデンは爆撃されたのか、物語の中で死んでいった人たちの死に意味はあるのかといった説明はなされない。

主人公はタイムトラベラーとなり人生の各場面を繰り返し体験するが、だからといって一般的なタイムトラベル物のように 過去を変えようとしたり、未来を覗き見ることにより利益を得たりしようとはしない。 つらい体験を繰り返すことになってもただ"そういうものだ。"(So, it goes.)と言うだけだ。 そして物語は唐突に小鳥の鳴き声で終わる、まるで人生のように。 (面白いことに"プーティーウィッ?"というセリフで終わることは冒頭から示されている)

SFとしてはかなり純文学よりであるように思えるが、けいれん的時間旅行者というアイデアは間違いなくSF的だし、 作中にSF作家やSFについての思い入れがしばしば見られるので、やはりSFだと思う。
とっつきにくく、まだ話を完全に読み取ったわけではないが個人的には面白いと思ったので他の著者の作品も読みたいところだ。 またSFや本に関する面白い名文があったのでひとつ引用しておく。

ローズウォーターは頭の回転の速さではビリーより数等まさっていたが、二人が直面している精神的危機やその対処の 方法は似たようなものだった。

二人とも人生の意味を見失っており、その原因の一旦はどちらも戦争にあった。たとえばローズウォーターは、 ドイツ兵と見誤って十四歳の消防夫を射殺していた。そういうものだ。いっぽうビリーは、ヨーロッパ史上最大の虐殺、 ドレスデン焼夷弾爆撃の体験者であった。そういうものだ。

そのような事情から、二人は自身とその宇宙を再発明しようと努力しているのだった。それにはSFが大いに役に立った。 あるときローズウォーターがビリーにおもしろいことをいった。SFではないが、これも本の話である。
人生について知るべきことは、すべてフョードル・ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の中にある、と彼はいうのだった。
そしてこうつけ加えた、「だけどもう、それだけじゃ足りないんだ」
(Kindle版 ページNo.2189より)

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玩具修理者/小林泰三

玩具修理者 (角川ホラー文庫)

玩具修理者 (角川ホラー文庫)

HUNTER×HUNTERのピトーの念能力の元ネタだと知って前から読みたかった作品、
収録作は玩具修理者がホラーで酔歩する男がホラー+SFである、
玩具修理者はまさしくピトーの念能力だなーという感じで、普通に面白い。

しかしこの玩具修理者は死んだ人間でも平気で修理して蘇生させてしまうようだ(HUNTERのピトーの念能力は蘇生はできなかった)

玩具修理者は本の3割ぐらいで、残りの7割は酔歩する男という中編が収録されている、これがなかなかおもしろい。
5億年ボタンにスローターハウス5的なタイムトラベル要素を混ぜ込んだ感じといえばわかるだろうか、
シュタインズゲートの鈴羽ルートのループ場面ともちょっと似てるかもしれない。
ともかくSF的ホラーとしてよくできている、ただ脳の領域の一部を破壊した結果 時間漂流者になってしまったというのは 少し陳腐なアイデアだとも感じた、また話の発端となった手児奈が最後まで謎めいた存在だったのが残念だとも思った。
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嘘つきアーニャの真っ赤な真実/米原万里

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)


幼少期にソ連に住んでいた著者が、昔の友達を訪ねにいろいろな国を探して回るという内容。 最初小説かと思って読んだのだが、そうではなく三編の回想録とその友達を30年以上たってから探し訪ねて回るという内容になっている。

どの話も非常に面白いのだが特に印象に残るのは表題作の"嘘つきアーニャの真っ赤な真実"という第二編、
貧乏な共産圏の国に住みながらも権力者の家族として裕福な生活を送るアーニャに再会しての、友人として接しつつ隠し切れない複雑な思いがよく書けていたと思う。

いつ再会したアーニャと口論が始まってしまうのではないかとハラハラしながら読んでいたが、そこは小説のように喧嘩別れをしたりはしなかったのがリアルな人間関係である。
ただひとつ現実味を感じずに読めなかった点がある、それは著者が日本に帰国してかつての友人との連絡手段にとぼしくなってしまう点である。現在では国境の壁を超えて TwitterFacebookがあり、あらかじめアカウントを教え合っていれば、特に手紙の交換などをしなくても元気なんだなとか○○大学に入学したのかといったことを容易に知ることができる。

当時はTwitterどころかインターネットすらなく、手紙の交流が途絶えてしまえば近況を知る手段は無いと頭ではわかっていても、 こういったことにリアリティ(そもそも現実にあった話なのだが)を感じられないのだ。人はどうしても時代に縛られてしまう、この本の登場人物が時代や政治情勢に翻弄されたように。

だいたい抽象的な人類の一員なんて、この世にひとりも存在しないのよ。誰もが、地球上の具体的な場所で、具体的な時間に、何らかの民族に属する親たちから生まれ、具体的な文化や気候条件のもとで、何らかの言語を母語として育つ。どの人にも、まるで大海の一滴の水のように、母なる文化と言語が息づいている。母国の歴史が背後霊のように絡みついている。それから完全に自由になることは不可能よ。そんな人、紙っぺらみたいにペラペラで面白くもない (Kindle版 ページNo.2189より)

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